KAOS (84) 文を形式化する基礎としての論理:述語論理 (4.4.1-8)

述語論理によって,文ごとに真偽判定するのではなくて,主語・述語(・および目的語など)といった単位で,記述ができるようになった.論理の規則からいったん離れて,述語について考えてみる.

実際の要求文書ではないが,規格からサンプルを取り出すことにする(JIS T 2304:2012 (IEC 62304:2006),医療機器ソフトウェア – ソフトウェアライフサイクルプロセス -).5章の最初から持ってきただけで,特に文を選んだわけではない.


1文目

製造業者は,開発するソフトウェアシステムの適用範囲,規模及びソフトウェア安全クラス分類に適した,ソフトウェア開発プロセスのアクティビティを実施するために,(一つ又は複数の)ソフトウェア開発計画を確立する。

最初の文では,主語は「製造業者」で,述語は「確立する」である.目的語として「(一つ又は複数の)ソフトウェア開発計画」である.複文になっていて,内部にもう一つ主語-述語関係を持っている.述語が「実施する(ために)」とある部分である.隠れている主語は(距離が遠いだけともいえるが),「製造業者」である.更に,入れ子になっている.動詞「適した」は,単にソフトウェア開発プロセスに掛かっている(係り受けを考えると読点は不要である),「実施する」の主語は,確立すると同じく製造業者である.

私の趣味だと,以下の文の方が読みやすい.

製造業者は,(一つ又は複数の)ソフトウェア開発計画を確立すること.開発するソフトウェアシステムの適用範囲,規模およびソフトウェア安全クラス分類に適した開発プロセスのアクティビティを実施する必要がある.ソフトウェア開発計画は,そのアクティビティを含んでいること.


2文目

ソフトウェア開発ライフサイクルモデルは,その計画の中に全てを定義するか,又は引用するかのいずれかとする。

短い2番目の文章も,すこしややこしい.述部「いずれかとする」の主語が不明である.小学校でならった文法からいうと,「ソフトウェア開発プロセス」には,助詞「は」がついているので主語で,「いずれかとする」が述語となる.「この本は,哲学書か数学書のいずれかである」というのと同じ非人称主語をとる構成である.

次に複文を構成している「その計画の中に全てを定義する」や「引用する」の主語を考えると,1文目にでてきた製造業者に違いない.そうすると,この「〜は」の部分は,三上文法でいう主題提示の役割を持つだけで,主語にはなり得ないことになる(象鼻文「象は鼻が長い」において,長いのは鼻である).「ソフトウェア開発ライフサイクルプロセスに関して云えば」くらいである.「定義したり」・「引用したりする」のは,文脈上(第一文から,隠れた主語としての)製造業者ということになる.そうすると「いずれかとする」が浮いてしまう.誰がいずれかとするのか?

これも修正案を書いておく.ソフトウェア開発ライフサイクルモデルを目的語としている.

(製造業者は)ソフトウエア開発ライフサイクルモデルを,その計画の中で全て定義するか,又は引用すること.


原文

ちなみに,原文は以下である.

The MANUFACTURER shall establish a software development plan (or plans) for conducting the ACTIVITIES of the software development PROCESS appropriate to the scope, magnitude, and software safety classifications of the SOFTWARE SYSTEM to be developed. The SOFTWARE DEVELOPMENT LIFE CYCLE MODEL shall either be fully defined or be referenced in the plan (or plans).

これを見たあと日本語文を見ると,訳者のプロセスが見えるようである.

1文目の英語の構成は,主語・述語・目的語を最初に示している.他は付加情報であり,いわゆる主語のあとに,付加情報を「後ろから訳」しているために,目的語,述語が離れてしまい,長いスタックを持たない人には耐えがたい距離になっている.

2文目に関して云えば,無生物主語であるが,受け身の形をとっている.訳のときに,無生物主語をそのまま引き受けながら能動態の形で訳したがために,いろいろと主述関係に不整合が生じている.



(nil)