Kelly博士は,次のように仮定した.できごとや対象に付随する意味は,我々が主観を通して捉える現実を定義する.故に,我々が世界と関わる仕方を定義する 1
この項では,3つの技術がさらっと取りあげられている:レパートリー・グリッド,カードソート,概念ラダリング.これらは,兄弟のような関係にある.親は,後述するPCTである.
多くの人にとって(CHI 2の人は除く),馴染みがない手法と思う.本文では,知っていることを前提とし,全く記述がない.ここではそれぞれの方法を紹介したい.最初は,レパートリー・グリッドを取りあげる.
主観的という言葉があるくらいだから,我々は現実に対して,異なる価値判断をしている.以前のJ. Lacan のボロメオの結び目の説明だと,我々は現実界に直接手を触れることができない.必ずイメージ(想像界)を介して接触する.イメージの世界は,我々が経験から作り上げたものである.従って,個々人が見る現実というのは,異なっている.
これは,冒頭のKelly博士の主張につながる.彼は,心理学を専門とし,Personal Construct Theory(PCT, 人格構成理論 3)の提唱者でも知られる.
さて,各利害関係者の要求を調整しようとするとき,要求に対する重点の置き方は,人それぞれである.エンドユーザは使い勝手が気になるだろうし,プロジェクトマネージャは,確実にシステムが完成することを,気にするだろう.利害関係者というくらいだから,当然である.また,同じ役割でも,個人によって,何に重点を置くかは変化する.誰かがその役割における代表者になれば良いのだが,そうではない場合,どのように整理するかが,このレパートリー・グリッドの役割になる.
レパートリー・グリッドには,二つの軸がある.一つは,構成(constructs)と呼ばれるもの.これは,名前の由来になっているレパートリでもある.もう一つの軸は,そのレパートリの対象になっている要素(elements)である 4.
横軸に,この要素を置き,縦軸に構成(レパートリ)を置くことで,格子ができる.心理学的には,構成(レパートリ)を中心にする見方が重要で,レパートリ格子,即ち,レパートリー・グリッドという名前がついている.
具体例を見ないと,なかなかピンとこない.論文 5にある例を,下記に示す.
題材としては,KHP(Kids Help Phone)で,助けを求める子供達を基本的には電話による会話を通じて支援するシステムである.新システムを作るにあたり,レパートリー・グリッドを用いて検討した.
縦に並んでいる(守秘(サービス),匿名性(サービス)等)が,「構成」である.横方向(トレーニング,リアルタイムWEBサービス等,図の中では縦だが)が,「要素」になる.要素は,機能を示している.それ自身は,(全くの主観を含まないわけではないが)客観的なものである.少なくともこういう分類だ,と合意がとれるものである.「構成」は,主観的なものである.例えば,電話による相談で,プライバシーが心配だという人は,マイナス(左)で,そうではないという人は,+(右)側ということになる.小さい数字が左側,大きな数字が右側である.電話による相談で,守秘に関しては,5が与えられているので,守秘が守られると受け止めていることを示している.
実際には,「構成」を見つけることが難しい.レパートリー・グリッドでは,三つ組み(triad)という方法を使う.要素を3つみせて,この中で「仲間はずれ」はどれですか?と尋ねる(就学前の子供達の問題にも見かける).選択されたところで,なぜ仲間はずれですか?と聞く.その答えこそが,「要素」に対する心的「構成」ということなる.
しかし,要求工学の応用例では,「構成」も最初から与えることも多い.
グリッドは,数値で与えられるために,様々な統計的な解析を引き続いて行う場合もある.なんらかの関連性分析,例えば,クラスタ分析を行うことで,要素・構成の分類や関係の強さを調べる場合もある.
ちなみに,この図を見て,品質機能展開(QFD)を思い浮かべる人も多いに違いない.Kelly博士の研究発表は,1955年,QFDは,60年代後半から発展し,赤尾教授による発表が,1972年.
Synchronicityである.
(nil)
Notes:
- Hassenzahl, M.; Wessler, R., Capturing design space from a user perspective: The repertory grid technique revisited. International Journal of Human-Computer Interaction 2000, 12 (3-4), 441-459. ↩
- Computer Human Interaction ↩
- どうも定まった訳語がない.この訳語が比較的落ち着く ↩
- 要素—オブジェクトと構成—属性という我々にとってなじみ深い説明もある.しかし,ここで属性といっているのはオブジェクトを横断する特性であり,今ならばアスペクトといういい方が適切に思う ↩
- Nan, N., So, You Think You Know Others’ Goals? A Repertory Grid Study. 2007, pp 53-61. ↩